11月

下北沢のヴィレバンは宝の山だ。岡崎京子ジブリ矢沢あい穂村弘、、この空間だけで一生かけても享受することができないのに、世界はあまりに広い。

 

パピルスの中の永遠。本というものの歴史。

うつりかわる時代の中でいとも簡単に人の常識なんて変わってしまうものだな。

 

クリケット大会。やっぱり新しい出会いたちはいつもわくわくしてしまう。まだみぬすてきな人がたくさんいるんだってわかってうれしくなる。結婚したってなんだって私は探しにいくんだ。

 

指輪をつくる。きらきら輝いている。このきらきらに見合う人間になれるかしら。

 

1年ぶりの木戸口さんコーヒー。行きつけができたことが誇らしいの。

 

 

 

ホールドオーバーズ

雪のボストンと、主人公のまなざしが魅力的。

君の過去が、君の人生の方向を決めたりしないよ。って若者にいうおじいちゃん。

思わぬ時間を誰かと共有することって、とても特別に思えることがある。この世界にひとりでも信じられる人がいることが、世界をまるっきり変えてしまう力を持つことだってある。

 

 

10月

10/18 相方が入院することになった。話題つきぬ人である。体中に紫斑が出てるのだけど、コカの葉っぱやマンサニージョ、9時間運転手、カンピロバクターとか思い当たる節がありすぎて原因がよくわからないのである。ただ、安静にできぬ男が安静にするためには、もうこれしかないのだ!

いいか、脱走してはいけないのだよ、おとなしくするのだよ。

どうかつつの身体が早く良くなりますよーに。

 

10/19 大好きないとこの集まり。本当は3日くらいずっと遊んでいたいのに、2時間しか遊ぶ時間がないのが信じられない気持ちになる。みんな大人になったんだね。

 

10/21   ハローワークに行く。失業手当がもらえることになって喜ばしい。就職意欲というやつを見せねば。説明会でいすに上着を置き忘れて、若い男の人が、「おねえさん、ガウン」と持ってきてくれた。上着を忘れてめんぼくない気持ちより、おねえさんと呼ばれて誇らしい気持ちが勝る。そしてこんなふうに、ハローワーク説明会などというどこからともなく何のつながりもなく(無職という固い絆はあるが)集まってくる集団を見ているとなぜかわくわくする。

おしのが大量のご飯を作ってくれる。おいしそうである!最高である!私は、すぐ働かなる方のはたらきありだって前にも発見したんだ。近くに働く人が現れるとすぐ働かなくなる。働きものの人を眺めることが1番好きだ。

最近は結婚式場の値切り交渉に精を出している。成約前にいろいろ値切り、成約後にさらに10万円値切るという難儀に成功し(成約後の値引きは前例がなかったらしい)、中南米やインドで培った交渉術が日の目を浴びて嬉しい。

もうすぐ10月が終わって、2年ぶりの日本の冬がやってくる。またつつとココアで夜お散歩をしたり、ちゃんちゃんこを着て布団にくるまったりできるんだな。すべてが年の瀬に向かっていくここからの季節がずっと好きだ。好きすぎて、今年は「わくわくDecember」の歌もつくった。ダンスも考えてパーティーで披露するために練習中である。(何のパーティー?)

10/22 今日はスペイン語勉強をがんばっただよ。

おしのが婚活を始めて隣でオンライン相談をしとる。愛情表現が豊かな人は婚活市場にはそんなにいないらしい。笑 婚活パーティーというものはおもしろそうである。いい人と出会えますように。明日はつつの退院の日だから迎えに行くんだ。最近はなんだか寒くなってきたけど、あったかくて素敵な贈り物を待っているような気持ちよ。

 

10/23  朝、つつが退院して帰ってくる。嬉しい。

一緒に布団を干したり、布団を布団カバーの中にいれたり、ラックを組み立てたりして幸せな気持ちになる。つつが隣いることは、とてもすばらしいことである。たじーさんからのアルバムが届いて、2人で眺める。幸せのかたまりみたいな作品だから、宝物にする。もうしばらくは、おねえのこともあって、海外に住むことは難しいかもしれないな。そのうち子どもができたりして、ますます遠くなっていくかもしれないな。このきらきらした1年がとてつもなく遠く思えて、途方もなく遠くまできてしまったような気がしてさみしい気持ちになることがあっても、それでもあの時あの場所での特別な1年の気持ちやそのすべては、それぞれの瞬間にすざましく輝きを放っていたな。それを追いかけないでいること、走り切らないでいることはできなかっただろうな。私は過去の私をも信じているんだな。

小林家に子犬がやってきて、おばあちゃんとそれを見に行った。ぬいぐるみのようで、ちっちゃくてふわふわで、とくとくと胸が鳴っていて、なんのためにこんなにかわいいんだろうか、と思った。

夜、近くのラーメン屋に行く。残しても食べてくれる人がいると、胸をはってラーメン屋に行ける。店長のやすさんが気さくでおいしくて、行きつけになりそうな予感がある。夢中になって食べるラーメンが好きだ。よそ見をすると、おいしさが減っちゃうような気がして。残ってるものたちがどうでもよくなっちゃうような気がして。一心不乱に脇目も振らず、最後まで食べきると、誇らしい気持ちが待っている。

夜ままんがきて、粗大ゴミを運んでいる。この間は、自転車で実家から冬服をサンタクロースのように山盛り運んでいた。さらにその前は、HAPPYBIRTHDAYの風船をしゅんやの家から大量に、天使のように運んでいた。コスタリカからウェディングドレスも運んできた。最近はよくわけのわからんものを運んでいる。思い返せば私はいつでも、今どうしてこんな格好になっているんだっけ?とか、あれ、今日ってこんなことする予定だったっけ?とか、”なぜここにこれが、、?なぜ私がこれを、、?”みたいな、特別な状況下でしか起こらない予期せぬ行動や風景が好きだ。それは大げさなことじゃなくてもよくて、1日のはじめに思いもしなかったことを、1日の終わりに振り返っていたらいいなって思う。

 最近は朝井リョウのラジオを聞いている。基本的にふざけているからとても好きだ。私ももっとふざけていこう、なんてまじめに考えたりしている。

 メガネをなくしていた。目が見えるって大事なこと。今日はうーたんの車に携帯忘れたり、三本木さんまでいくのに迷子になったり。相変わらずだめだめな私だな。無職でよかった。

 

10/26

昨日の夜は、つつと実家行ってインカカタンをした。インカの繁栄と衰退のごとくみんな接戦で盛り上がったよ。おしのがいて、なんでもない日にぱぱんがみんな分のケーキを買ってきて、みんなが笑っていて、なんだかとてもうれしくなった。やっぱり、自分でいうとおかしいけど、ちゃんと大事な人を照らせる人間でありたいな。

今日はベネッセの会があった。1年経ったら、3年半を捧げた職場が全然違うものになっていて、自分のいる環境なんて脆いものだなって思い知らされる。あたりまえだけど、会社はそれぞれの人生まで責任を取ってくれないから。

夜はつつとホールドオーバーズの映画を見る。ひと足先にクリスマスの映画を見たんだ。雪のボストンが舞台だったから、もうすぐ私たちにも2年越しの冬がくるんだって思い出す。もふもふのコートを着てつつと出かけるの。マフラーもして、手ぶくろもして、白い息が出るの。コーンスープや肉まんやココアなどのあたたかい食べものや飲み物を食べるの。寒くて外に出たくなくなるけれど、外に出るといいことがあるの。いいことがあるの。

 

 

 

 

 

東京に帰ってきたね

東京でなんだかさみしくなって爆買い。

半袖と長袖の服を買って恐竜プロジェクトを始める。新しい紺色のジーンズも買って、素敵なワンピースも買って、少しでも明るい気持ちでこの街を歩けるように。

 

結婚式場さがしと値段交渉が大変。でも楽しかったな。チェルシーコートすてきでうきうきしたな。私ははりきって1番美しい花嫁になるんだ。

 

髪を染めるとき、いっつも真っ赤になって過度に目立っちゃったらどうしようって思うのに、毎回1番明るいのにしても髪の色はちょっとしか変わらなくてがっかりしちゃうの。ブリーチなしの可能性をいつも過信しちゃって、赤にしても緑にしても結局は茶色になるんだわってようやくもうわかってるから、期待するのはこれで最後にしようって決意したの。だのに私は今日も髪を眺めてがっかり。

 

文きつはいつも新しい出会いがあるよ。

PINKを読んで以来、毎回岡崎京子の漫画を読んでしまう。三宅香帆の半身社会の提言、いいなって思った。

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君たちは激務が好きだ。早いこと、新しいこと、未知のことが好きだ。君たちは自分に耐えることが下手くそだ。何とかして君たちは自分を忘れて、自分自身から逃げようとしている。
もっと人生を信じているなら、瞬間に身を委ねることが少なくなるだろう。だが君たちには中身がないので待つことができない。怠けることさえできない!

自分を覚えていくために、自分以外の人間を覚えておくために、私たちは半身社会を生きる必要がある

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谷川俊太郎

本当に出会ったものに別れはこない

って言葉もとてもよくわかる気がする。

 

 

 

時がたったね

時がたって、私はコスタリカから戻ってきた。

 

毎日くるくるといろんなことがあって、壮大すぎて、ラテンアメリカでの出来事をせこせこちまちまと文字におさめることはできない。その日その日を行きていくのに一生懸命だったし、何よりおおらかな心であるからだ。

だけど、私は私のまま、地球の裏側からちゃんと日本に帰ってきた。自分自身がたくさん変わったような気がするけど、そんなのは誰にも見破られないことよ。

もう一度、このふざけたブログを書きたくなった。(空白の2年間の間に読んだ本も映画も忘れちゃったんですけど。そのこたちだけ、どこにも記されないのかわいそうなんですけど。今さらだ!今さらだぞ!という悲痛の叫びを無視して、空白などなかったかのように自然に再開したい。できれば毎日のハイライトを発表したい。)

 

ただいま、私のちまちました世界。

 

 

時がたったね

時がたって、私はコスタリカから戻ってきた。

毎日くるくるといろんなことがあって、壮大すぎてちまちまと文字におさめることはできない。その日その日を行きていくのに一生懸命だったんだ。